メッセージ

歴史に学ぶ、
自由と平和、そして命の尊さ

それが、すぐれた知能とテクノロジーを駆使して開発したものであったとしても、その開発の目的が、人間の不完全な価値観=エゴのエネルギーによる自らの偏った思想を守ることへの用途では、自由と平和を破壊する結果しか、生み出すことはできません。

幸せになれない唯一の理由は、
独自の「価値観」にある

人が家庭の中や学校、会社、地域社会、国家、国際社会において、心の底から幸せになれない原因は、たった1 つ。人の脳の仕組みによって形成される「価値観」にあります。
価値観という言葉からは、一見すばらしい考え方や立派なことのようなイメージを受けるでしょう。
しかし価値観は、自分だけのたいへん偏った考え方で出来上がっています。さらに、常に自分のことを最優先で考える自己中心的な概念であり、思考なのです。
価値観とは、自分と他者を明確に区別する概念のことです。
好きか嫌いか、正しいか間違っているか、正義か悪か、それらを自身が信じる独自の基準で区別します。

価値観は、さまざまな知識を学ぶことによって、頭でっかちにどんどん膨れ上がっていきます。両親や教師の教え、テレビや新聞のニュース、教科書やYouTubeの情報など、見聞きするすべてのものから、自分にとって大切なものと不要なものを器用に分け、自分にとって必要で、さらに、いつも活用するものは顕在意識の中に保存し、そうでないものは潜在意識の中に蓄積していくのです。

両親との関係が「価値観」の基盤

この独自の価値観形成の基盤になっているもの、それは「両親との関係性」です。例え両親の顔を知らなくても、一緒に過ごす時間がなくても、または大切に育てられたとしても、すべての人の価値観は、『両親に対して、自分はどのような感情や考え方、捉え方でいるか』が基盤になっているのです。
人は、独自の価値観(自分だけの色眼鏡)に基づいて、日々の思考、判断、言動、行動、そして社会生活を送っています。
企業のポリシーや個人の主義・主張も、価値観に基づいています。

人間の不完全な価値観から生まれたあらゆる思想、主義は、どこまでいっても不完全です。エゴは、その不完全さを見抜かれないように、正当化するための屁理屈を主張します。 
多くの人は、過去を後悔し、現在の状況や状態に満足できず、将来を不安に思い、心配し、不平不満をもらし、自分に都合の悪いことや問題を他者に押し付け、責任を転嫁し、ストレスだらけの日々を過ごし、ついには体調不良。そのような人生を悩み、苦しんでいます。

自らのエゴを見抜き、消し去るのは簡単ではない

人々が、苦しみや不安、悩み、そして他者との対立や争いが絶えない人生や社会から脱却するためには、1人ひとりが自らの『価値観= エゴ』を完全に見抜き、消し去る必要があります。
そのために、昔から哲学者をはじめ、宗教家、経営者、人生に苦しんでいるさまざまな人々が、自らのエゴを見抜き、消し去るための努力をしています。
しかし、自分の価値観= エゴを見抜き、消し去ることは、そんなに簡単なことではありません。
チベット密教では、音も光も入らないお堂の中に3週間もこもって禅を組み、自分の心の内側を内観する修行を行います。キリスト教では、ひたむきに神に祈りを捧げ続けます。インドヨーガでは、長期間にわたって修行を重ねます。

日本発祥の内観療法

心理療法の世界には、日本発祥の内観療法というものがあります。1 週間、屏風の中で禅を組み、ひたすら自分の心を探求していきます。
今では、世界中にこの日本発祥の内観療法は広がっています。
大変に効果のあるエビデンスが実証されています。
しかし、外界との一切の接触を断ち、1 週間、屏風の中で禅を組んで自分自身の心の中を観ていく作業も、そんなに簡単ではありません。
その理由は、自分の心と向き合うためには集中しなければならないのに、雑念が次から次に出てきて、じゃまをするからです。
また、「自分はそこまで悩んでいないし、求めてもいない。なんだか宗教くさい。なんでこんな修行のようなことをする必要があるのか」という考えが出てきて、心を深く内観することができない方が、本当にたくさんいます。
社会的に責任のある立場の方や、経済的に成功している方の多くが、大変に強固な価値観で理論武装しているケースが目立ちます。
このような人こそ、本当は自分自身の心のあり方を見つめ直す必要があるのですが、残念ながら、内観をしても、とても浅く、心の奥底を内観してエゴを見抜き、消し去ることができません。

死の直前に、はじめて気づくこと

しかし例外的に、非常に短時間で自分のエゴに気づき、見抜き、消し去ることができることがあります。
それは、自らの命が失われる危機に直面し、死ぬことを実感したときです。
そのときになって、ようやく気づくことができるのです。
死を迎えたときにはじめて、両親をはじめ、回りの方や日常の生活に対して、感謝の念が湧き上がってくるのです。
今日まで自分の力で生きてきたと信じていたが、実は周りのすべてに生かされていたことに、はじめて心の底から気づき、森羅万象に対して、やっと素直に感謝できるのです。
しかし、死んでしまう直前になって感謝できても遅いのです

戦争という愚かで無残な行為の体験で、慈愛と慈悲の心に目覚める

私たちが、戦争という人類のエゴが生み出す最悪の悲劇、愚かな行為をテーマにしているのは、尊い命が簡単に失われていく戦争が、いかに愚かで、恐ろしく無残なものなのか、映画のようなストーリーを疑似体験して実感することで、通常ではなかなか到達することができない深い気づきと自分の心の奥底に眠る「慈愛と慈悲の心」に目覚めていただくためなのです。
私たちが提供する野外体験型セミナー=ヒストリカルリエナクトメントアカデミーやゲームは、いわゆる軍服を着てエアガンで勝ち負けを争うサバイバルゲームとは、根本的に異なり、その目的は対極にあります。
サバイバルゲームは、敵と味方に分かれて、ルールに基づいて勝敗を争うゲームです。参加者は皆、「何人倒した!」とか、「やられた!」というところに一喜一憂しています。これは、人類の左脳の人格=エゴの特徴です。
一方、ヒストリカルリエナクトメントアカデミーのカリキュラムは、人類のエゴの愚かさを学び、自由と平和の大切さに気づき、自分の心の奥底に眠っている慈愛と慈悲のエネルギーに目覚めることができるようにプログラムされているのです。
ヒストリカルリエナクトメントアカデミーは、まさに映画のストーリーの中にキャストの1人として参加していただきます。
キャストとして参加することで戦争という愚かな行為が引き起こした過去の歴史を、リアリティーある演技によって、まさに実際に起こったかのような体感を得ることができるのです。
このことによって、命の尊さを五感で実感することができるのです。
この体感によって、エゴの愚かさと自由と平和の大切さ、命の尊さに深く気づくのです。
そして、この気づきによって、自分自身が周りのすべてによって生かされているということを、心から認めることができるようになります。

エゴに気づくと無限の感謝が湧き上がってくる

自らのエゴに気づいたとき、これまで当たり前だと思っていたことが、実は何一つ当たり前ではなく、身の回りの方やお世話になっている方、会社や社会全体から守られ、愛され、生かされていたんだということに、はじめて悟ることができます。
その瞬間、心の奥底から無限の感謝が湧き上がってきます。
人間関係や今この瞬間に生かされていること、過去の出来事、現状のあらゆるご縁に対して、唯々、感謝が溢れてきます。
この無限の感謝が溢れ出してくると、今度は自分がこの感謝に対して恩を返したいという感情が溢れてきます。
この心こそが、無償の愛です。私たちの提供するアカデミーは、まさにこの自分自身の心の奥底に眠る深い愛と感謝の心に短時間で目覚めていくことを目的にしているのです。

一般社団法人ヒストリカルリエナクトメントアカデミー
理事会一同

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